カンボジアってどんな国?歴史やカンボジア人の性格・受入方法を解説!

執筆者:Divership編集部|外国人雇用担当部門

世界遺産アンコールワットで知られるカンボジア。人々は温和で人懐っこく、日本との関係も深く、親日的です。一方で、苦難の歴史を歩んできた国でもあります。

今回は意外と知られていないカンボジアの歴史や課題、またカンボジア人を日本の企業で受け入れる際の方法について解説いたします。

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目次

1. カンボジアってどんな国?

カンボジアの特徴の1つが、若い人にあふれていること。生産力人口は増え続け、経済成長も続いています。

アンコールワット

1-1. アンコールワットで有名

カンボジアはインドシナ半島の中央部にあり、西部から南部は南シナ海(タイランド湾)に面し、他の三方はベトナム、ラオス、タイと国境を接しています。国の北から南へメコン川が流れています北部にある遺跡、アンコールワットは、ヒンドゥー教と仏教の信仰を融合して12世紀に建てられたもので、1992年に世界遺産に登録されました。

カンボジアの面積は約18万平方キロと日本の約半分で、首都はプノンペン。1,500万人の人口90%がカンボジア人(クメール人)で、公用語はクメール語です。多くの人は仏教を信仰していますが、イスラム教を信仰する少数民族もいます。

カンボジア基礎情報
面積:18万1,035平方キロメートル(日本の約半分)
人口:1,530万人(2019年カンボジア国勢調査)
首都:プノンペン
民族:人口の90%がカンボジア人(クメール人)とされている。
言語:クメール語 宗教:仏教(一部少数民族はイスラム教)

出典:外務省 カンボジア基礎データ

1-2. 平均年齢24.5歳、増え続ける生産力人口

カンボジアの平均年齢は24.5歳です。そして、14歳以下の人が人口の3割以上を占めています。

子どもと高齢者を合わせた人数よりも、働く世代の人数(労働力人口)が多いと、経済成長が進むと考えられます。こうした状態のことを「人口ボーナス」と呼びます。カンボジアはまさにこの状態で、今後も労働力人口が増えていくことから、人口ボーナスは2045年まで続く見込みです。

カンボジアの人口ピラミッド

しかし、この若さの陰には、非常につらい歴史があります。それは次章でご紹介します。

参考:JICAカンボジア事務所 JICAの対カンボジア支援の概要
(2022年1月 投資家説明会 プレゼンテーション資料)

出所:米国センサス局国際プログラムセンター「国際データベースInternational Database」
出典:日本貿易振興機構(ジェトロ) 地域分析レポート カンボジア人材に「選ばれる日本」であるために

2. カンボジア人の性格・特徴/仕事観

カンボジア人

2-1. 性格・特徴

カンボジアの人の行動や考え方に、仏教の教えがあるという指摘も少なくありません。

温厚で協調的

現地発カルチャー&旅行情報誌「クロマーマガジン」によると、カンボジア人の多くは、敬虔な仏教徒で、温和な気質です。また、協調性があって、家族や仲間と過ごす時間を大切にします。役割分担をして、みんなで助け合うことも普通。「昭和時代の日本」のようにテレビの前に集まることもあるそうです。

出典:クロマーマガジン 国民性と生活習慣・マナー

愛想は良いが本心は言わない

カンボジア人と言えば、笑顔と、人なつっこさが特徴です。そのこともあって、もう一度訪れたい国ランキングでも常に上位を占めています。一方で、笑顔だけではない、芯の強さもあります。

アジアのビジネス事情に詳しい(株)ユアロップの山田太郎氏も「笑顔が素敵だ。カンボジア人は誰にでも笑顔で接する」と指摘しています。その一方で、「非常に強い我慢強さも持っている。どちらかというと本音は言わない。人前で余り自分の意見を言うのは得意ではないのだ」とも指摘しています。

出典:Hot Business in Asia~沸騰するアジアビジネスの現場から~
   カンボジア編:「アセアン伸び盛りの小国」-カンボジアビジネスの光と影-

上下関係が重要

カンボジア人は年上の人を敬い、上下関係にもかなり厳格です。そのことが顕著に表れるのがあいさつ。カンボジアのあいさつは、体の前で両手を合わせる合掌ですが、自分と相手の関係によって、手を合わせる高さが変わります。

あいさつする時の手の高さ

  • 相手が同僚・友達・部下 → 胸の前
  • 相手が上司・年上の人  → 口の前
  • 相手が親・先生・祖父母 → 鼻の前
  • 僧侶・王様       → 額または頭の上

出典:東洋経済オンライン カンボジア人に学ぶ、「恩返し」の作法 同じ仏教徒でも、これだけ違う!
  (竹村真紀子)

プライドが高く見下されるのは耐えられない

上下関係に厳しいからか、学歴や収入、身なりなどで相手の身分を判断する傾向があり、プライドが高いとも言われます。

ものしりシップ<br>くん

逆に学歴や所得・身分が低ければそれがコンプレックスとなるなど、格差社会における気質の違いも見受けられるのじゃ。

出典:クロマーマガジン 国民性と生活習慣・マナー

プライドを大切にするカンボジア人は、見下されることを何よりも嫌がります。伝えたいことは伝えながらも、ていねいに伝えることが必要です。「見下されていると感じたら、従業員は仕事を辞める」という指摘もあります。人前で注意したり、叱ったりすることは、してはいけないことです。

  • 「上下関係が大切なので、見下すことはとても嫌がります。従業員などが見下す感覚を感じれば辞めてしまうと思います」
  • 「見下されるのはいちばん嫌いなのです。普通に丁寧に話し合って、人の尊厳を保ちながら話しをすることが大切。人の前でしかったりしてメンツを潰してはいけません」
  • 「発展途上国というのは国の問題であって、そこにいる人に上下があるわけではありません」

出典:東洋経済オンライン カンボジア人に学ぶ、「恩返し」の作法 同じ仏教徒でも、これだけ違う!(竹村  真紀子)在日本カンボジア大使館 シム・ヴィリャ一等書記官(当時)の言葉

してはいけないこと

見下すことや人前で叱ることのほかにも、してはいけないこと、タブーのようなことがいくつかあります。

1つは、内戦や政治が絡む会話。内戦時代には、複数の勢力が対立したほか、タイやベトナムなどの隣国の関与もありました。タイ人やベトナム人に対して、複雑な感情を持っている人も多いです。

仏教の教えなどから、頭を触ること、初対面で肩をたたくこと、足を組んで座ることもはやってはいけない行動です。

2-2.仕事観

家族のために働く

カンボジア人は家族を大切にします。「カンボジア人はおカネや会社のためではなく、家族のために働くのです」とも言われます。仲間と協調して働いたり、仕事を分担したり、問題の解決策を一緒に考えたりもしますが、家族との時間を犠牲にして仕事に打ち込むことは期待できず、家族との時間が取れないと辞めてしまうともいわれます。

ものしりシップ<br>くん

家族との時間が大切なため、5時半ぐらいには仕事が終わるのじゃ。
つまり、日本のような残業制度の文化は無いのじゃな。

出典:クロマーマガジン 国民性と生活習慣・マナー

出典:東洋経済オンライン カンボジア人に学ぶ、「恩返し」の作法 同じ仏教徒でも、これだけ違う!(竹村真紀子)在日本カンボジア大使館 シム・ヴィリャ一等書記官(当時)の言葉

仕事に不慣れな人もいる

長く戦争や混乱が続いたカンボジアでは、十分な教育を受けられなかった人が多くいます。国の安定・成長とともに状況の改善は進んでいますが、課題が完全に解消したわけではありません。

カンボジアやラオスに進出した日系企業の中には、「一カ所に座って仕事をするという経験自体初めてという者もいる」「識字率が低く、現地語で業務内容を記して指示しようとしても、文字が読めない従業員が少なくない」といった悩みを抱えるところもあるといいます。

一方、現場での業務の進め方次第というところもあるようです。例えば、こんな取り組みも紹介されています。

  • スピードは多少遅くてもいいので、ていねいに作業するように指導する
  • いろいろな作業を覚えるのは苦手だが、一度身につけると比較的正確に作業できるところもあるので、1つの生産ラインで多品種を生産せず、似たような製品を作るようにした
  • 採用後、基礎研修を2週間行い、母国語や足し算・引き算、マナー、チームワークなどを教える。続いてOJTを1カ月実施する

向上心を持っていそうな人をチームリーダーなどに育成していく、ずっと在籍してほしい社員には、少し多めに賃金を支給するなどの考えや取り組みもあります。

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出典:福井県立大学 地域経済研究所 メールマガジン(コラム) 後発新興国での「従業員の質」(松尾修二)

3. カンボジアが抱える問題

カンボジアは19世紀後半からフランスの支配下に置かれました。第二次世界大戦後、独立を果たしましたが、内戦や戦乱が続き、その影響は今も残っています。

3-1. 苦難の歴史と大虐殺

カンボジアは1884年、フランス保護領となり、1887年にはフランス領インドシナ連邦に組み入れられました。フランスの支配下では、ベトナム人による間接統治が行われました。1945年3月、日本軍がフランス領インドシナ全土で軍事行動を展開し、フランスの支配を終わらせますが、第2次世界大戦での日本の敗戦により、フランスによる支配が再開されました。

1953年にカンボジアは独立を果たしますが、その後、長く独裁やクーデター、内戦に苦しみました。アメリカとベトナムが戦ったベトナム戦争、親米派と親中派、ベトナムとの関係などが影響しました。

なかでも最も犠牲が大きく、その影響が現在も続いているのが、1975~1979年、ポル・ポト政権の時代に起きた自国民の大虐殺です。多くの知識人らが殺害されたほか、病気や飢餓による犠牲者も出ました。亡くなった人の数は100万人とも200万人とも言われます。

当時は知識人を中心に、100万人とも200万人とも言われる人々が虐殺されました。眼鏡は知識人のシンボルとされ、真っ先に殺されていったという話もあります。隣人同士での密告、家族間の密告などが奨励され、家庭やコミュニティが徹底的に破壊されました。子どもの多くは親から引き離され、兵士として育てられました。強制労働や強制結婚、強制収容所などで、人々は心身ともに大きなダメージを受けているのです。

出典:ワールド・ビジョン・ジャパン カンボジアにおける貧困の原因と私たちにできること

当時のカンボジアの人口の4分の1、あるいは3分の1の人が亡くなりました。その結果、現在のカンボジアでは、一定の年代より上の人の人口が極端に少なくなっています。これが平均年齢が若い大きな理由にもなっています。

1979年にポル・ポト政権に代わる新政権が誕生しましたが、カンボジア国内には4つの勢力があり、対立が続きました。民主的な選挙が行われ、和平が訪れたのは1993年でした。

参考:在カンボジア日本大使館 日本・カンボジア関係略史
   河合塾グループ カンボジアの歴史(近代史)

3-2. 教育の課題

カンボジア 教育

1975~1979年のポル・ポト政権の時代、教員の75%、大学生の96%、初等教育及び中等教育を受けていた子どもたちの67%以上が飢餓、病気、過労、そして処刑で亡くなったと報告されています。

教員不足に加え、学校も大部分が破壊され、勉強する場所もありませんでした。状況の改善には長い時間がかかります。改善は進んでいますが、解決ができていない問題もあります。

カンボジアの義務教育は日本と同じ9年間ですが、実際に学校を卒業した人の割合を示す修了率は、初等教育(小学校レベル)が87.4%、前期中等教育(中学校レベル)48.1%と低く、多くの子どもが義務教育を終えていません。また、成人している人が何年教育を受けたかの平均を表す平均就学年数は5.1年にとどまっています。

カンボジアは農村に住んでいる人の割合が高く、都市と比べて農村の方が貧困の状況は深刻です。義務教育の授業料は無料ですが、収入が少なく、学用品や制服などを買えないために、子どもの教育をあきらめてしまうこともあると言われています。

出典:早稲田大学大学院教育学研究科紀要 別冊 19号
   平山雄大 カンボジアにおける初等教育開発の歴史的展開②―学校教育の発展と崩壊(1958年から1979年)

出典:JICA横浜 11か国の教育制度・学校文化ガイド集 カンボジア
出典:国連開発計画 人間開発報告書 カンボジア

3-3. 独裁的な国内政治

カンボジアに関して最近、懸念が高まっているのが、独裁的な政治や言論弾圧です。2017年ごろから、選挙での有力野党の排除が行われ、有力野党が参加しない2023年の総選挙で与党が圧勝しました。フン・セン氏は、首相の職を長男のフン・マナット氏に譲りました。

また、政府の意に沿わないメディアやラジオ局に対して、税金滞納や税務署への未登録などを理由に圧力を掛けていますこの中には、ボイス・オブ・アメリカも含まれています。アメリカのNGO「全米民主国際研究所」に対してはカンボジア国内での活動停止やメンバーの国外退去を求めています。

政治や言論統制には批判もありますが、経済は引き続き好調です。過去20年間の平均GDP成長率(実質)は6.7%。近年はIT化が進み、国内経済は目覚ましい発展ぶりだといいます。

参考:ニューズウィーク日本版 加谷珪一 経済ニュース超解説 独裁政治、なのに「豊かで幸福」な国が続々…カンボジア選挙が示した民主主義の「不都合な真実」

4. カンボジアと日本の関係

カンボジアと日本との関わりは古く、徳川家康がカンボジアに送った書簡の記録も残されています。戦争の時代が終わると、新しい国づくりのため、日本からも多くの支援が届けられました。

4-1. 親日国であるカンボジア

カンボジアは「基本的には親日派が多い」と、在日本国カンボジア王国観光省(政府観光局)のウェブサイトでも紹介されています。その両国の関係は、深くて長いものです。

1603年、徳川家康がカンボジア国王に通商(朱印船制度創設)に関する書簡を送っています。この後、両国の間で通商が活発になり、カンボジアに住む日本人も増え、プノンペンなどに日本人町ができました。これからほどなく、日本人がアンコールワットを参拝した記録も残されています。

現代になり、1951年、フランスから独立前のカンボジアから日本に外交関係を開設する申し入れがあり、両国は相互に承認。1953年、カンボジアのシハヌーク国王が戦後、アジアからの最初の国王として日本を訪れました。昭和天皇はシハヌーク国王を皇居での茶会に招きました。

1990年以降、日本はカンボジア和平のための国際会議を主催し、国連による和平や復興の取り組みにも積極的に関わります。その過程でボランティアの中田厚人さん、警察官の高田晴行警視が襲撃され、命を落とすという痛ましいこともありましたが、カンボジアへの日本の支援は途切れませんでした。

出典:在カンボジア日本大使館 日本・カンボジア関係略史

4-2. 日本の支援の歴史

1980年代後半、紛争のため、カンボジア人の難民や避難民がタイ国境地帯に逃れてくるようになりました。日本国際ボランティアセンター(JVC)やシェア、NICCOなどの日本のNGOが日本国内で寄付を集め、支援活動を始めました。シェアは医療支援、JVCは自動車整備技術の指導なども行いました。

和平の動きが始まった1990年代、日本政府・国際協力機構(JICA)による大型の支援も本格化しました。

500リエル紙幣に日本が支援した橋

日本による支援の代表例が、メコン川に架かる「きずな橋」「つばさ橋」です。きずな橋は2001年、カンボジアで初めてメコン川を渡る橋として完成しました。この2つの橋は、カンボジアの500リエル紙幣にも描かれています。

カンボジアの500リエル紙幣

カンボジアの500リエル紙幣。左がつばさ橋、右がきずな橋
出典:カンボジアで現在、流通しているお札一覧リスト

水道支援が生んだ「プノンペンの奇跡」

内戦が終了したカンボジアの課題の一つが水でした。首都プノンペンでも水道は十分に機能していませんでした。不十分な工事による漏水や、違法な水道管接続などによる盗水も多く、料金が回収できない水の割合(無収水率)は70%を超えていました。

JICAや北九州市水道局などが施設の整備や技術指導を続けた結果、2004年に蛇口から出る水を直接飲むことができるようになり、2008年には無収水率は日本並みの6%になりました。利用可能時間も1日10時間から24時間になりました。この取り組みは「プノンペンの奇跡」として世界に知られるようになります。

農村でも水不足は深刻でしたが、1990年代以降、多くのNGOやボランティア団体、労働組合などに井戸の掘削・設置の支援を進めました。学生団体や学生ボランティアの活動も活発でした。

5. カンボジア人の受け入れ方法

日本で就労しているカンボジア人は、2022年12月現在、約15,000人。このうちの約80%が技能実習生ですが、「技術・人文 知識・国際業務」を含む専門的・技術的分野で就労する人も増えています。また、日本の高等教育機関に留学しているカンボジア人も増えています。

5-1. 技能実習

技能実習制度は、国際貢献のため、開発途上国等の外国人を日本で一定期間(最長5年間)に限り受け入れ、OJTを通じて技能を 移転する制度です。この制度で、約11,500人のカンボジア人が就労しています。

5-2. 特定技能

特定技能とは、人手不足が深刻な産業分野で一定の専門知識・技能を持つ外国人労働者を受け入れ人手不足を解消することを目的とした制度です。2019年4月に開設されました。特定ビザを持つ外国人は、実習(勉強)ではなく労働に従事します。この制度で2,500人あまりのカンボジア人が就労しています。

特定技能まるわかり資料ダウンロードはこちらから

5-3. 高度外国人材

「技術・人文 知識・国際業務」を含む専門的・技術的分野の在留資格を有して就労する同国出身者は、600人。就労者も増えていますが、日本の自治体や産業界からも、優秀な外国人を採用しようという動きが活発化し、現地の教育機関などでジョブフェアなども開催されています。

一方で、スキルを持つ外国人にとっては、外国で働くとしても日本以外の選択肢もあり、人材獲得競争の状態になっています。例えば、働きながら学ぶある理工系の学生は、次のように話しています。

  • 「かつては、日本に行きたいと思っていた。しかし今は、正直なところそうは思わない」
  • 「日本の給与はカンボジアの平均と比べると高いかもしれないが、専門知識を身に着けてきたエンジニアの給料として考えると、日本は少し低いと感じる」
  • 「日本語の壁もあり、総合的に考えると、リスクをとってまでカンボジアを離れるメリットがあるのかわからない」
  • 「コーディング(プログラミングの一部)と英語ができたら、どこででも仕事ができる」
  • 「今は欧米での就労に興味がある」

出典:日本貿易振興機構(ジェトロ) 地域分析レポート カンボジア人材に「選ばれる日本」であるために

6. まとめ

日本に好感を持っているカンボジア人は多く、日本に留学する人も増えています。家族のために日本で働こうと考える人もいるでしょう。技術や能力を身に付けた若い人たちも増える中、日本で働く機会を持ってもらい、日本に好感を持ってもらうことができれば、両国にとって貴重なものとなるでしょう。

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